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東峰神社で飛行機を見る!成田空港建設の歴史を簡単に紹介

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記事内にプロモーションPR等を含む場合は、記事の注意事項にて記載しています。
東峰神社と飛行機

目の前に大迫力の飛行機。

ここは成田空港の滑走路のすぐ隣にある「東峰神社(とうほうじんじゃ)」。
飛行機を間近で見られるスポットとして、いま多くの人が訪れる場所です。

注意点

情報は2026年9月18日時点。
記事公開日:2023年9月9日。
写真はとある年の様子ですので、年によって内容・写真は異なります。
興味を持ってもらうことを目的としています。「こんな感じ。」程度にご覧いただければ助かります。

宣伝・プロモーション依頼ではありません。


東峰神社

東峰神社は、成田空港建設をめぐる課題がいまも解決されないまま残る場所です。
過去形ではなく、現在形の場所なんですね。

一方で、令和の今は「飛行機を間近で見られるスポット」としてすっかり知られるようになりました。

私は神社を訪れたときはお賽銭をするようにしているのですが
ここにはお賽銭箱がなく、御神体もすでに別の場所へ移されているそうです。

この記事では、そんな東峰神社の歩みを
「争い」という言葉ではなく
まずは「知ってもらうこと」を目的に、できるだけ真ん中の立場でまとめてみました。


うーん、正直むずかしいテーマで・・
「私なりの発信スタイルでやってみよう」と決めてから、書き上げるまでに1年くらいかかりました。
印旛地域の地元目線で、どんな伝え方ができるのか。
内容が軽すぎないか。
悩みながらでしたが

「知らなかった」が「知った」に変わることで
この土地の歩みに少しだけ興味を持ってもらえたらうれしいです。

もし興味を持った方は
次なるステップで
芝山町の航空科学博物館の隣にある
「成田空港 空と大地の歴史館」を訪れてみてください。

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飛行機の発着について

東峰神社と飛行機

北風の日が狙い目
2026年時点では、東峰神社で飛行機を見るには「北風」が条件になるようです。
北風が多いのは冬ですね。

東峰神社で飛行機を見るときの注意

静かに見学しましょう
私は取材のため1時間近くここにいました。
飛行機が来ない時間はとても静かで、無線の音だけが響く独特な空気の場所です。

照明は並んでいますが、監視カメラがずらりと並んでいる様子はなく
私が訪れたときは職務質問もありませんでした。
ただ、塀の外側では常にパトロールが行われているようでした。
空港の警備区域に隣接した場所であることを、念頭において訪れましょう。

東峰神社の始まり

成田の航空科学博物館の航空神社

東峰神社のルーツは、もともとパイロットなど航空の殉職者を祀る「航空神社」です。
昭和12年(1937年)、民間航空の草分けである伊藤音次郎さんが津田沼町鷺沼(現在の習志野市)の飛行機工場の敷地内に建てたのがはじまりです。

航空神社から東峰神社へ

東峰神社

戦後、この東峰地区に入植して農地を開拓。
昭和28年(1953年)に航空神社がこの地へ移され、「東峰神社」となりました。
神社のなかった開拓集落で、地域の人たちの氏神様として大切にされてきたそうです。

成田空港ができる前の三里塚

東峰神社付近の白い塀

空港周辺の三里塚地区には、かつて皇室の「下総御料牧場」などがありました。
戦後は、家や仕事を失った人々が国の政策のもと、ゼロから農地を切り開いていきます。

時が経ち、空港はまず富里に計画されましたが
その後、建設地として発表されたのがこの三里塚エリアでした。

ここ東峰神社は、千葉の戦後史を語るうえで欠かせない場所のひとつとなっています。

バス停

東峰神社前のバス停

白い塀の中をめっちゃ歩いたのに…
目の前にまさかのバス停がありました。

しかも路線が2つもあるよ…
バス停の名前が違うところも興味深いです。
コミュニティバスでは「東峰」。
京成バスでは「新田」。

ここも掘り下げていくといろいろありそうですね。

飛行機を見られるスポットになった令和

東峰神社から見た飛行機

いま東峰神社は、飛行機を間近で見られる場所として多くの人が訪れています。
私がいた時間も県外ナンバーの車がたくさん停まっていて
飛行機好きの方だけでなく、小さな子ども連れの家族や若い人たちが次々とやってきました。

時代は変わりました。

でも、この場所には今も歴史の課題が残されています。

成田空港が大きく生まれ変わろうとしている令和の今。
この土地で生きるために開拓してきた人たちのこと。
空港建設のために働き失ってしまった人のこと。
大切なものを失ってしまった人のこと。

千葉県、そして印旛地域に暮らす私たちが
少しでも知る機会を持ち、語り合える日が来ますように。

歴史を知ることは、善悪を決めることでも
誰かを責めることでもないと思っています。

先人たちの歩みを知ってもらう
そんなきっかけ作りの、かんたんな紹介でした。

三里塚の歴史をもっと知りたい方へ

成田空港 空と大地の歴史館

興味を持った方は、次のステップとして
芝山町の航空科学博物館の隣にある「成田空港 空と大地の歴史館」を訪れてみてください。
空港建設の歩みを、さまざまな立場から知ることができます。

ちなみに、もとの航空神社は現在、航空科学博物館の屋外展示場に祀られています。☆
あわせて訪れると、つながりが見えてきますよ。

※事実確認:
伊藤音次郎氏が航空黎明期の殉職者を祀るため、1937年に津田沼町鷺沼の伊藤飛行機製作所の工場敷地内に「航空神社」を建立し、御神体は空難者8名の氏名を記した木札でした。
敗戦で航空業を離れた伊藤は従業員と東峰地区へ入植し、1953年11月23日に航空神社が当地へ移されています。
当時この地区に神社がなかったため開拓集落の産土神となり、賽銭箱もないそうです。
さらに2001年9月、伊藤家の要請で「航空神社」として航空科学博物館の野外展示場へ遷座しており、元の文章の「御神体は残っていないようです」と一致したので言い切りに近づけました。

所在地 :千葉県成田市東峰
トイレ :ー
駐車場 :ー
コメント:飛行機を見るなら北風の日。空港の警備区域に隣接しているため、マナーを守って静かに見学しましょう。

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千葉ほくそうパルケ(旧いんざいパルケ)
千葉ほくそうパルケ(旧いんざいパルケ)
2026年で21年目
千葉県北部・茨城県南部の「もの・こと・ひと」の魅力・歴史・自然・観光の発信や記録。生活に役立つ情報の発信を行っています。
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